漠然と教子のことを思っていた。たまに顔をあわせると、教子は咎める眼差しで僕を一瞥する。その怨みがましい眼差しの意味を僕なりに翻訳すれば、たかが寒さに負けてしまうほどにわたしたちの関係は脆いのですね、といったところだろうか。

「そうなんですよ、そのとおりです。春になったら、また再開しましょう。愛し合いましょう」

実のない言葉が洩れおちて、僕は失笑する。僕の言葉には実体がない。僕の言葉だけではない。全ての言葉に実体などあったためしがない。



刈生の春/花村萬月